インバネス2006年01月17日

たまには亡き父のことを思い出すのも良いものだ。
今日、17日は父の誕生日。1907年なので、存命ならば白寿の祝いをするところだ。

宮城県桃生郡で生まれ、樺太の小学校を出て、少年期は北海道で過ごしたらしい。甲種免許を取り、トラクタ(牽引車)を運転して鉄骨を運んでいたこともあるという。「浅草・国際劇場の鉄骨は俺が運んだ」と云ったのを聞いたことがある。結婚後は母を助手席に乗せ(法律で助手が必要だった)東京を円タクで流したそうだ。

当時のタクシーはみな米国製で、ビュイック、オールズモビル、ウズレー、フォードなどだったという。寒い日などオイルが固まって動かなくなるので、車の下で焚き火をした逸話も聞いた。

柔道では相当ならしたようで、深川・牡丹町の河野道場で師範代を勤めた。古いアルバムには、河野師範と並んで、インバネスを翻して闊歩する二人の姿があった。明治の男は実に格好良かった。

35年前、私の結婚を見ずに亡くなった。