ゲロ ― 2008年10月07日

庭師が呼ぶので行ってみると、芝刈り中の会社の中庭に、アズマヒキガエルが鎮座。「気持ち悪くって触れねぇよ〜」と庭師。
近づくと、身体をペしゃんと平らにして地面に張り付いた。ほんとに、何かに轢かれたみたいに平面ガエルになって姿をくらまそうとしている様子。
芝刈りの邪魔なので、生け垣の方へ追いやった。途中で疲れたのか、動かなくなったり、カエルは意外とスタミナがない。
近づくと、身体をペしゃんと平らにして地面に張り付いた。ほんとに、何かに轢かれたみたいに平面ガエルになって姿をくらまそうとしている様子。
芝刈りの邪魔なので、生け垣の方へ追いやった。途中で疲れたのか、動かなくなったり、カエルは意外とスタミナがない。
南イタリア 1 ― 2008年10月16日

子ども達の独立と重なり、延ばし々にしていたイタリア旅行を決行。
ローマ行きのアリタリアはエンジン不調で、成田発が2時間も遅れた。おかげで、ローマでのパレルモ(シチリア)行き最終便を1時間も待たした。
乗客の刺すような視線を浴びたが、43名の人数に免じてか、許してくれたようだ。
翌日(10/15)パレルモ市内を観光。カテドラル、ノルマン王宮、デゥオーモ・・
シチリアはギリシャ、フェニキア(カルタゴ)、ローマ、ビザンチン、アラブ、ノルマンと時代ごとに支配が代わり、様々な洋式が混在した建築と文化が錯綜した島。
写真はパレルモ・マッシモ劇場。
ローマ行きのアリタリアはエンジン不調で、成田発が2時間も遅れた。おかげで、ローマでのパレルモ(シチリア)行き最終便を1時間も待たした。
乗客の刺すような視線を浴びたが、43名の人数に免じてか、許してくれたようだ。
翌日(10/15)パレルモ市内を観光。カテドラル、ノルマン王宮、デゥオーモ・・
シチリアはギリシャ、フェニキア(カルタゴ)、ローマ、ビザンチン、アラブ、ノルマンと時代ごとに支配が代わり、様々な洋式が混在した建築と文化が錯綜した島。
写真はパレルモ・マッシモ劇場。
南イタリア 2 ― 2008年10月16日

ギリシャ時代の神殿の谷へ。最大のものはコンコルディア神殿。石の迫力に圧倒された。次いで考古学博物館を見学。
タオルミーナへの移動の途中、ローマ時代の貴族の別荘、カザレの別荘へ。
ここの床に、「ビキニ姿で球技をする少女」のモザイク。
ビキニはローマ時代からあったのだ。
タオルミーナへの移動の途中、ローマ時代の貴族の別荘、カザレの別荘へ。
ここの床に、「ビキニ姿で球技をする少女」のモザイク。
ビキニはローマ時代からあったのだ。
南イタリア 3 ― 2008年10月17日

シチリアの東、タオルミーナへ。
ギリシャ劇場は音響効果まで考えた設計に驚嘆。
4月9日広場のマーケットを散策。
昼食は「ウニのスバゲティ」。ボッタルガ(からすみ)のスパとどっちにしようかと迷ったが、これに。
火を通しているので、せっかくの生がもったいないが、こちらの流儀なのでしかたがない。いずれ、日本流の「生」か「半生」で味わうことが伝わるだろう。
ギリシャ劇場は音響効果まで考えた設計に驚嘆。
4月9日広場のマーケットを散策。
昼食は「ウニのスバゲティ」。ボッタルガ(からすみ)のスパとどっちにしようかと迷ったが、これに。
火を通しているので、せっかくの生がもったいないが、こちらの流儀なのでしかたがない。いずれ、日本流の「生」か「半生」で味わうことが伝わるだろう。
南イタリア 4 ― 2008年10月19日

10/18 シチリア・メッシーナから海峡を渡ってサン・ジョバンニへ。 バスで移動。
長靴のかかと辺りにある都市バーリで洞窟住居群を観光。すぐ近くの世界遺産・アルベロベッロへ移動して、三角屋根の住居を観光。
石灰岩の三角屋根の風見に、ローマ兵がシルエットがあったのには和んだ。
長靴のかかと辺りにある都市バーリで洞窟住居群を観光。すぐ近くの世界遺産・アルベロベッロへ移動して、三角屋根の住居を観光。
石灰岩の三角屋根の風見に、ローマ兵がシルエットがあったのには和んだ。
南イタリア 5 ― 2008年10月20日

ポンペイへ。
遺跡を観光。アポロンの神殿。売春宿の壁画。そして、ナポリへ。
当時のポンペイは、電気がなかったくらいで、何でも今の暮らしと変わらないのではと思う。上下水道、水洗の便所、鉛の水道管、公衆浴場、パン屋の遺跡などを観ると、並んだ石臼と石窯に、この当時の方が美味いパンを味わえたのではと思ってしまう。
遺跡を観光。アポロンの神殿。売春宿の壁画。そして、ナポリへ。
当時のポンペイは、電気がなかったくらいで、何でも今の暮らしと変わらないのではと思う。上下水道、水洗の便所、鉛の水道管、公衆浴場、パン屋の遺跡などを観ると、並んだ石臼と石窯に、この当時の方が美味いパンを味わえたのではと思ってしまう。
南イタリア 6 ― 2008年10月21日

カプリ島へ。
青の洞窟は美しかった。もっと長く観たかったが、後に大勢待っているので、仕方ないかもしれない。
レモンの島と云われる島内を僅かな時間だが観光した後、高速船でソレントへ戻り、アマルフィの海岸をバスで見学。
崖に張り付いた住居群は世界遺産に恥じない美しさ。しかし、暮らしは楽ではないだろうに、この景観を守る姿勢は素晴らしい。
あっという間の10日間だった。
#旅の途中、ツァーの半数(約20名)がノロ・ウィルスらしい中毒症状になり(自分と家内も、そしてツァ・コンダクタも)、3日間は夕食が食べられず、誠に残念な思いをしたが、行って良かったと思う。
青の洞窟は美しかった。もっと長く観たかったが、後に大勢待っているので、仕方ないかもしれない。
レモンの島と云われる島内を僅かな時間だが観光した後、高速船でソレントへ戻り、アマルフィの海岸をバスで見学。
崖に張り付いた住居群は世界遺産に恥じない美しさ。しかし、暮らしは楽ではないだろうに、この景観を守る姿勢は素晴らしい。
あっという間の10日間だった。
#旅の途中、ツァーの半数(約20名)がノロ・ウィルスらしい中毒症状になり(自分と家内も、そしてツァ・コンダクタも)、3日間は夕食が食べられず、誠に残念な思いをしたが、行って良かったと思う。
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