読み終えた本「おかわいそうに」2013年02月21日

読み終えた本「おかわいそうに」
読み終えた本「おかわいそうに」ー東京捕虜収容所の英兵記録ールイス・ブッシュ著 明石洋二訳 文藝春秋新社 昭和31年

NHKの英会話の講師をしていたそうで,60歳以上の方でないとご存じないかも知れない,とある紹介記事にあったが,残念ながら私は知らなかった。ブッシュ氏は妻が日本人で,弘前・山形高等学校(旧制)の英語教師をしていたそうで,大変な親日家だった。戦時色が濃くなった昭和15年,英国海軍の予備志願役として帰国,そのまま開戦となり,香港で水雷艇の副長をしているときに爆撃を受けて沈没。脱出したものの12月25日,香港総督が日本軍に降伏する旨を受電して,捕虜となった。各地の捕虜収容所では,暴力を振るう日本の下士官に泣かされる。所長などその上官等は捕虜には優しく,丁寧に扱われたことが随所に登場する。これほど,日本軍の将校等を悪く云わない捕虜は,ブッシュ氏しかいないのではないかと思えるくらいだ。

なぜ,この本を読んだかと云えば,鎌倉自主探の長老の姉君が,ブッシュ氏の後添えになったそうで,時々長老からブッシュ氏の話を聞いていたからだが,どうもただ者ではないことがわかり,ご本も何冊か書かれているというので,読んでみることにしたのだ。

香港の収容所では脚気が多かったという。英国赤十字からの慰問袋や,インドからの穀物の支給が脚気の治癒に役立った。「病気の日本近代史」でも脚気が軍隊(陸軍)では重大な問題となったことを思い出す。また,収容所でジフテリアが蔓延しても,日本側が血清を捕虜に使わせなかったため,悲惨なことになった。後に上層部の知るところになり,一挙に改善された。日本への移送途中,台湾のキールン湾で,病院船に改装された橘丸を見ることになる。私でも知っている,伊豆・大島航路の船だ。自分が知っている橘丸と同じかどうかはわからないが,戦時には様々なことがあったなぁと思う次第。カボチャに砂糖を詰め込んで発酵させ,ラム酒の様なものを作る話は興味深かった。砂糖は使役の時にくすねるのだそうだ。

捕虜は脱走するのが任務だという。確かにそうかも知れない。日本の軍人,特に下士官以下は捕虜になるくらいなら死を選べと叩き込まれているので,欧米の捕虜がそれなりの処遇を求めることに納得できなかったようだ。映画「大脱走」を思い出す。

ブッシュ氏は秩父宮とも親交があった。宮は弘前高校時代のブッシュ氏を知っており,ジョージ六世の戴冠式で,ブッシュ氏夫妻と同席したことをずっと覚えていたという。

また,日本の降伏文書調印時に,英艦に居て立ち会ったそうだが,その時,捕虜となった労をねぎらってか,シガレット200本とパイプ煙草をくれた若く背の高い大尉がいたそうで,後にエディンバラ公爵(フィリップ殿下)だったことがわかったというエピソードがあった。叙勲も受けられ,旭日小綬章だそうだ。数年前に亡くなった。

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